インタビュー
移住者ストーリーVol.7 (前編)「このままま働き続けるのは、たぶん無理だと思った。」
近藤恵美子(こんどう えみこ)さん
自分らしい暮らしを探してたどり着いた、上島町という選択肢
「このまま働き続けるのは、たぶん無理だと思ったんです。」
そう振り返るのは、2025年に上島町へ移住した近藤恵美子さん。
福岡県出身の近藤さんは、新卒で書店員として働いた後、「人の生活を支える仕事がしたい」と28歳で作業療法士を目指し、専門学校へ入り直しました。
資格取得後は東京都内の病院に勤務。しかし、決められた時間に働き、決められた時間に休憩を取り、決められた働き方を続ける毎日に、少しずつ違和感を覚えるようになったといいます。
「会社員という働き方そのものが、自分には合わなかったんです。」
30代半ばで仕事を辞める決断は、不安もありました。
「レールから外れるような感覚はありました、でも、このまま働き続けるほうが苦しかったんです。」

そんな中で考え始めたのが地方移住でした。
実は最初から島暮らしを希望していたわけではありません。
「農業をやってみたかったんです。」
北海道や長野、島根など、さまざまな地域を候補に考えていた中、東京にある愛媛の移住相談窓口で紹介されたのが、上島町の「農業ワーキングホリデー」でした。
まずは1週間、その後は1か月、実際に島で暮らしながら農業を体験。
レモン農家での草取りや水やりは想像以上に体力を使い、「農業を仕事にするのは難しいと感じたそうです。」
それでも、島の景色や人との出会いは、近藤さんの心を動かしました。
「海や空がきれいで、人もあたたかかったんです。農業は向いていなかったけれど、『ここなら暮らしたい』と思いました。」
こうして2025年近藤さんは上島町へ移住します。
仕事は決めず、「まずは1年間、自分を休ませよう」と考えていました。
ところが、島での暮らしは思いがけない方向へ進んでいきます。
地域の人との出会いから、作業療法士としての仕事や、グループホームでのリハビリ、体操教室など、少しずつ声がかかるようになったのです。
「島は、人づてで仕事が広がっていくんですよ。」
気づけばアルバイトを5つ掛け持ちしていた時期もあり、「1年間休む」という計画とは違う毎日になっていました。
それでも、その一つひとつの出会いが、今の暮らしにつながっています。

【取材】
渡邉 美貴(津田塾大学在学中)
公営塾における島おこし協力隊のインターンシップ活動の一環として、地域広報活動に携わった。
その中で、移住者、特に女性の方々が地域で生き生きと暮らしている姿に関心を抱き、インタビューを実施した。


